折原一『傍聴者』

傍聴者

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 面白かった!

 恥ずかしながら、折原一(おりはらいち)さんは、お名前ぐらいしか知らなかった。今回初めて作品を読ませてもらったが、筆力に圧倒された。

 世の中には未読の面白い本が、わんさか残っているんだろうなぁ。寿命が足りん。

 折原一さんに対する予備知識のないまま『傍聴者』を読み始めた私は、作者は若い方かと思った。文体やストーリーの内容がフレッシュなので。新人作家にしては恐ろしく文章が洗練されているなぁ、と。それで興味を持って、読んでいる途中で作者について調べてみたら、長いキャリアを持つミステリー界の重鎮だった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/折原一

 Twitterもされている。プロフィールのアイコンが、ゲイシー(アメリカのシリアルキラー)の描いた絵であることからも、なんだか気が合う予感……。

https://twitter.com/1orihara/status/1399654272543780866?s=20

 ミステリー専門誌『ジャーロ』って、まだ紙で読めるんだね! 光文社のミステリー文学資料館(現在は閉館済み)に『綾辻行人展』を観にいった時、本棚にバックナンバーがズラーっと並んでいたよ。

 余談だが、ジャーロとはイタリア語のジャッロ(giallo)に由来。ジャッロは元々、「黄色」という意味。大手出版社・モンダドーリ社が出したミステリーのシリーズ本の背表紙が黄色だったから、イタリアではミステリーのジャンルそのものがジャッロと呼ばれるように。

 脱線が過ぎた。『傍聴者』の話に戻る。

『傍聴者』を手に取った切っ掛けは、自分の創作のため。
 私は時々、大阪地裁へ裁判傍聴に行く。今年になって傍聴した事件に心が動き、ぜひ作品に取り入れたいと考えた。主人公は、裁判を傍聴を趣味とする女である(つまりは私自身の分身)。

 詳しい構想を練る前に、「傍聴が趣味の人物を描く作品」が既に世に出ているかを調べることにした。結果、『傍聴者』を知るに至ったのである。

 これは読まねば、と。類似作品があるとなれば、公募への応募はできない。書く前にリサーチをしておく必要はある。

 読んでみてわかったが、折原さんと私の焦点を当てたいポイントは明らかに違う。私は私の物語を書いても、折原さんの物語をパクったと疑われる心配はないだろう。安心したし、『傍聴者』を読む切っ掛けとなって良かった。

『傍聴者』には、主要登場人物の中に死刑囚・木嶋香苗さんをモデルにした女性(花音)が出てくる。読者が木嶋香苗さんの事件に興味があるかどうかで、『傍聴者』が好きかどうかも分かれそうだ。木嶋さんと花音の犯行の動機も違うので、『傍聴者』を読んだからといって木嶋さんの事件についての理解が深まる訳ではないが。

 物語の中で描かれる花音と木嶋香苗さんの人物像はかなり違っている。だが、裁判シーンでの花音の言動は、木嶋香苗さんのものに寄せてある。そのため、裁判シーンとそれ以外のシーンで、花音の人物像にブレがあるように感じられ、その点にはちょっと違和感がある。

 序盤を読むだけで犯人がわかる(つまり、犯人の特定を目的としない)ミステリーを「倒叙ミステリー」と呼ぶんだって。『傍聴者』の中の登場人物の発言で学んだ。裁判傍聴をメインに物語を進めるなら、自ずと倒叙ミステリーを書くことになりそうだ。既に裁判が始まっているということは、つまりは犯人がわかっていることを示すので。

『傍聴者』でも犯人は初めからわかっているんだけど、動機や犯人のバックグラウンドが物語を読み進めるにつれ少しずつ明らかになる仕組み。終盤の追い込みとどんでん返しが素晴らしい。深掘りと作り込みに感服。

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