治りたくない病と執筆計画

 こんばんは。

 調整豆乳をレンジで温め、クラッシュアーモンドチョコを溶かしてソイアーモンドココアを作ってみました。微妙な味。おそらく配分が間違っています。

 着々と体調が回復しつつあります。睡眠時間が10時間から8時間になりました。腕にたくさんあった点滴の針の痕もすっかり消滅。道端で警察官に職質されても、怪しい注射をしまくっている人と間違われずに済みそうです。

 とっくに治っていてもおかしくない身体の症状は依然として治らず、医師が首をかしげています。

 治癒の遅さは、たぶん本人が治りたくないからでしょう。

 身体に不調があるほうが、精神的なつらさに注意がいかなくなります。ゴロゴロして過ごす言い訳になりますし。つまりは、甘え。

 もう治らなくてもいいんだけどね! 別に死んでもいいし! そんなふうには評価してもらえないけもしれないけど、私は私なりに精一杯頑張ったので、今世に悔いなし!

 暗い話で申し訳ないけど、25歳のときに、死のうと思ったけど死にきれなかったんです。某建物の7階からずっと窓の外ばかり見る毎日。飛び降りられたら楽になるだろうか、どうして飛び降りる勇気が出ないんだろう、と自分を責めてばかりいました。

「25歳の時に死ななくて良かった」と思える人生を送ろうと立ち直りのプロセスを歩んできたつもりなのですが、今のところ生きてて良かったとはまったく思えません。皆さんは、楽しいことあります? あるならいいけど。皆が幸せだといいなぁ。私は無理。2019年がけっこうハードな時期で、乗り越えたと思ったけどこの年末は久しぶりにめっちゃきつかったです。で、今、打ちのめされ中。

 といっても、希死念慮はないのでご心配なく。諦めながら寿命まで生きていきます。寿命がちょっと早くきてくれることを願ってはいます。

 私はなんでこんなに暗いんでしょうね。明るく前向きに生きる才能がないかもしれません。生きていると面倒なことが多いのは皆同じですよね。面倒なことについて諦めたり妥協したりすることができない強欲さが原因? もしくは、セロトニンの分泌が極端に少ないとか。

 仕事は、それなりに順調です。今はまだ、見習い期間でトレーニングを受けている最中。今朝、1次試験をパスしたので、明日から2次試験に向けた新たなトレーニングが始まります。トレーニング自体はけっこう楽しいですが、オンライン上の付き合いとはいえメンバーが多くてゴタゴタしているので相応のストレスもあります。自分のできることをできる範囲でやっていけばいいかなぁ、と。

 執筆については、ぜんぜん進まず。やる気も出ません。

 私は執筆活動をとおして成長したい、成長すればきっと信頼しあえる人間関係の築ける自分になれる、との希望がありました。でも、間違っているかもしれない。期待をすれば、しんどくなります。賞レースにも人間関係にもすっかり疲れました。目標もモチベーションもなし。根本的に何かが違う気がします。

 でも、今やめたら中途半端やし、他にしたいこともありません。続ける? 近頃、ぜんぜん集中して書けなくなってしまいました。とはいえ休んだところで何も変わらない気もします。本当にどうしたらいいのかわからない状況。

 春までに3作品は公募に出したいと思っていますが、できるかどうか。

 予定では、

・2月5日締め切り:某ブログサービスの公募。枚数制限なし。
 →これはいちおう初稿は書けているので、出すことは出します。どれだけ推敲に集中できるかわからないけれども。

・2月10日締め切り:短編の公募。原稿用紙換算25~30枚。
 →ちょぼちょぼ執筆中。間に合うかどうかわからない。

・3月末締切:長篇の公募。原稿用紙換算200~500枚。
 →3月はビッグタイトルの公募がわんさかあり。毎年応募したいと思ってるけど、書けず、今年こそは、と構想だけは練ってありますが、体力・気力の両方が落ちているので、スケジュールがタイトすぎて難しそう。ああ、今年も見送りかぁ。現時点では、まだ諦めずにはいます。まぁ、書けたら出します。

 といった感じです。

 受賞したら「おめでとう」と言ってもらいたい人がいたから、それを楽しみに頑張ってきました。今は誰もいないので、受賞しても少しも嬉しくないと思います。夢がない。ただ孤独が続くだけ。なので頑張れそうにありません。

※この投稿も、しばらくしたら非公開にするかもしれません。暗いので。読んでくれる人に悪影響を与えたり、心配させたりする意図はないんです。想いをたまに吐き出したいだけ。でないと、やってられない。

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