失明得暗

 この土曜日、知り合いから頼まれてボランティアで講演会の受付として働きました。会場は博物館。学生時代のバイト先です。5年ぐらい、インフォメーションとチケットブースで働いていました。懐かしい。

 博物館には、ずっと行くのを避けていました。つらい思い出とつながっているから。20代前半がこれまでの人生の中で一番しんどい時期で、いつも死ぬことばかり考えていました。でも結局は死ねない自分を責め続ける毎日。

 博物館に行くなら、インフォメーションの皆さんにあいさつをしようかと。たしか私は25歳ぐらいまで働かせてもらっていたので、もう23年前の話。当時の職員さんは誰も残っていないかもしれません。

 希望の綱は、Yさんのお母さん。

 私が働いていたころに、Yさんというバイト仲間がいました。彼女はある喫茶店でも掛け持ちでアルバイトをしていて、たまたま私はその喫茶店の常連でした。

 今から5年ぐらい前に喫茶店に行って、マスターの奥さんからYさんの消息を聞きました。Yさんは看護学校を卒業して看護師になったので、もう博物館では働いていない、でもYさんのお母さんが博物館で働き始めた、とのこと。

 なので今回、私が博物館に行ったさいは、当時の職員さんに会えなくてもYさんのお母さんには会えるかもしれません。会えたら娘さんにお世話になったことを話したいなぁ、と。

 百貨店に出かけて、インフォメーションの皆さんにお渡しする菓子折りを用意。女性ばかりなので可愛いやつがいいかなと思って、キティちゃんのお菓子にしました。のし書きは迷ったけれど「感謝」と書いてもらいました。Yさんのお母さんに会えなくて、他に知り合いが誰もいなかったら、菓子折りを受けとってもらえるかわからないけど。怪しい人が持ってきたお菓子なんて食べたくないでしょうし。

 講演会の開始よりも1時間早く着いて、ドキドキしながらインフォメーションカウンターの職員さんに話しかけました。

「あのー、私は以前にここで働かせてもらっていた者なんですが……」とまごまご話していたら、奥から別の職員さんが出てきました。当時、かわいがってくれていた人!

 久しぶりの再会で大はしゃぎ。

 Yさんのお母さんは休みだったけれど、当時の職員さんがもう一人残っていて、たまたまその日に出勤していました。内線電話で呼んでもらって再会。またまた大盛り上がり。昔話に花を咲かせてキャッキャと戯れました。菓子折りも快く受け取ってもらえました。

 職員さんの一人が、「宏美さんに書いてもらったイタリア語のフレーズのメモ、まだ持っているよ~」と。当時、「イタリア語で男を口説く方法を教えて」と言われたので、”Non posso vivere senza te.”と書いて渡しました。君なしでは生きていけない。「これは口説き文句というよりも、もっと間柄が進展してからの言葉でしょうが」と職員さんが大笑いしたのを覚えています。まだ大事に持っていてくれたとは。

 講演会は盛況。13歳から目の見えない研究者が講師で、白杖をついた聴講者もたくさん来場されました。講演会の中のお話では、「失明得暗」という言葉が印象的でした。失明は視力を失うけれど、失うばかりではなくて、同時に暗闇を得ることでもある。自分の暗い20代と重ね合わせてその言葉を受けとりました。

 

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