教誨師

教誨師 (講談社文庫)

新品価格
¥778から
(2019/3/7 04:43時点)

 ずっと読みたかった『教誨師(きょうかいし)』を、一気に読了。
 ↑ここに掲載のリンクは文庫版だけど、私は図書館で借りたハードカバー版を読みました。
 教誨師とは、死刑囚の情緒安定を図るため、死刑囚と対面し宗教教育をする者を指します。本書は、長年に亘り教誨師を務め続けてきた浄土真宗僧侶の体験談を、彼の死後に纏めたもの。
 文中に、以下の言葉が載っていました。

 ――善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや

 親鸞聖人の教えを説いた仏教書『歎異抄(たんにしょう)』の一節。この教えは、『悪人正機(しょうき)説』と呼ばれます。
『教誨師』の中では、善人ですら救われるのであれば、自分は悪人だと自覚して苦しんでいる人間は殊更に救われるのではないか、と解説しています。

 教誨師は、ボランティアなのだそうです。死刑囚と向き合い、処刑の日にも立ち会う過酷な任務を、見返りも求めず粛々と続ける僧侶の姿に人間らしい美しさを感じます。宗教教育によって死刑囚が気付きを得たとしても、処刑は免れません。教誨師の仕事の是非について考えると、答えが見つからなくて思考が泥沼化する可能性がありますよね。答えが出なくても、誰かがしなくてはならない仕事と腹を括って任務にあたる僧侶。その姿に考えさせられます。

3月の予定

 3月も恐ろしく忙しいよ。気合、気合!

1日から3日: 知人からの相談事についてお手紙を書く。2月に取っ散らかしたままの仕事の整理。
4日から6日: 梅田で事務作業のバイト
11日:    小説教室の新たな学期が始まる(この日までに、次の小説の冒頭を書く。書けなかったら今回は辞退して次回にまわす。迷い中)
15日:    確定申告の締切。まだな~んもできてない! 足りない書類を取り寄せる必要もあるかもだから、早いこと取り掛からなあかんことはわかってる!
17日:    もう1つ別に通っている小説教室の日。課題提出あり。

 17日を過ぎたら、ちょっとは落ち着くはず。
 小説教室の課題、ルーティンの仕事(週20時間)、不定期の仕事(入ってきたらバタバタする)があるから、あまりボンヤリはできないけれども。
 2月が忙しすぎて、顔がやつれてる。バランス的に、働き過ぎ。そろそろ旅に出たいです。

2月は怒涛の慌ただしさ

 2月は滅茶苦茶忙しかったです。
 いつもバタバタしている私ですが、これほど忙しいのは1年ぶり。
 たしか、去年の2月・3月もめちゃ忙しかった。短期派遣で工事現場の事務を任されていて、仕事現場で徹夜したりネットカフェで泊まったりしてたの。
 そして今年は――
 小説教室で半年間掛けて書いていた手記が書き上がり、仕事の傍ら、推敲作業に追われていました。2月末の賞に応募するつもりで。
 そしたら下旬になって、大きな仕事が入ってきて、てんやわんや。
 そのうえ、23日に、1か月以上前から約束していた会食が2件。面子があるから、キャンセルはできません。いくら忙しくても、私と会いたくて誘ってくれた人に不義理をしたらあかんと思う。仕事をなんとか調整して、待ち合わせ先に向かいました。川西能勢口で旧友とランチを食べ、少し早めに切り上げてネットカフェで仕事の続きをして、ダッシュで駅に向かって阪急電車に飛び乗り、京都・烏丸へ。


 ベトナム料理の夕べ。でっかいお好み焼き状の料理。中はモヤシ。
 誘ってくれた人は、派遣社員で働いていた頃の先輩。派遣先の会社で共に働いているIT請負業務の男性2人と一緒に酒宴。コンピュータの話や日頃の仕事ぶりについて聞かせてもらえた。大変興味深い話が聞けたよ。


 ベトナム料理の帰りは、古民家をリノベしたお洒落なパーに連れて行ってもらった。お酒に火をつけて、コーヒーにイン。


 もっとゆっくりお話をしていたかったけど、なんせ仕事に追われている。コーヒーを飲み終わったらすぐ、ひとりだけ先に失礼した。

 バタバタして心配させて、みんなに申し訳ない!

 23日の深夜から納期の25日までは、ほとんど意識なし。細切れで寝て、食事もほぼ絶食。ひたすらパソコンに向かう。結局、締切時刻に間に合わず、昼過ぎまで延長してもらい、なんとか納品できた。ふうっ。

 で、ここから応募原稿の推敲を再開。泣きそうになりながら推敲し、28日ギリギリになって、ようやく形になりました。コンビニのコピー機に問題があってプリントに失敗して、またひと悶着。夕方に郵便局へ駆けこんで、「必ず今日の消印でお願いします!」と念を押してきました。

 なんでこんなにガチャガチャしてるんやろう。もっと落ち着きたいのに。何かアクションを起こして、心を埋めようとしているのでしょうか。穴のあいたバケツにせっせと水を入れて満たそうとしているような。

初午大祭@伏見稲荷

 2月2日、京都・伏見稲荷の初午大祭(はつうまたいさい)に行ってきました。
 伏見稲荷には一度来ているけど、初午大祭は初めて。お祭りにずっと行ってみたかったの。この日限定の縁起物「しるしの杉」(杉の木の小枝)が授与されると聞いて。

 山頂まで登ってみました。

 えっちらおっちら。

 なんとか山頂まで到着。息を切らしているのは私だけの様子。我ながら運動不足で情けない。とりあえず着けて、山頂でお参りできたから、いいけど。

 来てみたかったお祭りに来られて満足。

 バリバリの大阪人としては、京都の女性の裏表のある感じが怖いです。(伏見稲荷の売店のおばちゃんも超怖い)、地方から京都へ移り住んだ人たちは、どうやって折り合いをつけているのでしょうか。この恐怖感がなくなったら、京都がもっと好きになれそうですが。

 帰りは例によって、烏丸のイノダコーヒー本店に寄り道。ふわっふわのレモンパイを食べてきました。

メリケン・パーク

 思い出の記録(自分用)。

 先月(12月)29日、彼氏に、神戸メリケンパークに連れていってもらった。
 車で、神戸までドライブ。
 彼氏は夜景を見せたかったみたいやけど、あまりの寒さに、外に出ていられず。
 なぜか、彼氏は、私ほど寒さを感じないみたい。一般的に、女のほうが寒がりなんやろうか。それとも、私が特別に寒さに弱いのかなぁ。
 スタバに駆け込んだけど、閉店間際だったため、すぐに追い出された。
 駐車場に停めた車の中で、スタバのコーヒーを飲みながらお喋りした。
 
 車は、来月(2月)で廃車にする予定。
 普段はあまり乗っていないし、月極駐車場代もかかる。車検が切れるタイミングで、手放すんだって。
 何回も乗せてもらった思い出があるので、ちょっと寂しい。けど、彼が決めることなので。
 

Points of You

 明日、数か月に亘って書いてきたエッセイの最終回を、小説教室に提出する予定。結末に困っていて、苦しんでいます。
 良い作品に仕上げるインスピレーションを得られないかと、心理学のセミナーに出掛けました。
 Points of You。イスラエルの心理学者が開発した、カードを使ったワークショップです。

 気になるカードを選び、なぜ気になったのか、カードの絵柄にどんな意味を見出すかを言葉にしていきます。もともと、カード自体は意味を持たないけれど、カードを見た自分自身がどんな意味付けをするかを知って、自分自身の考えを探っていくんです。二人組になって、カードの内容について語ることで、新たな発見があるの。
 
 私が最も気になったカードは、↓これ。

 まず、色がいいでしょう?
 あと、たくさんの人間がいて、さまざまな表情をしている。
 顔の表情って、いろんな情報が詰まっているでしょう? 一枚のカードに情報が満載。お得感が大きい。

 左端が、「今の自分を表すカード」。
 右端が、「2019年12月31日の自分を表すカード」。
 中央が、「『今』から『2019年12月31日』に辿り着くために必要な物を表すカード」。

 カラフルなカードがたくさんあるのに、モノクロの3枚を選びました。なんとなく。

 写真だと見にくいけど、左のカードは人間が歩いてる。「NoW 今」と印字されている。
「今の状態」を表すカードだから、「今」が適当かと。短絡的な考えかも。
 でも、今は本当に「今」って感じなのよ、私。毎日、一歩一歩、一日を単位に前進している感じ。決して歩みは速くないけど、着実に、自分の足で歩いている。

 右のカードは、矢印の方向に、黙々と歩いている女性。
 今年の年末も、やっぱり私はコツコツと執筆活動に勤しんでいると思う。
 女性があるいている四角いタイルが、原稿用紙のマス目にも見えるし。

 中央は、座っている男女。「コミュニケーション」って文字が書いてある。

 私はずっと一人で歩いているけれど、たまには立ち止まって、他人の話に耳を傾ける姿勢が大切だと思っています。

 私の2019年のテーマを決めるように指示されました。
 私の決めたテーマは、「独歩」です。マイペースにコツコツと歩いて、着実に進みます。

 最後に、質問カードを引きました。
「私を満たしてくれる物は何か?」
 一歩一歩、着実に歩いている実感です。

 結局、私は自分で歩きたいんだなぁと、改めて感じました。

 ワークショップの参加が、エッセイの仕上げに良い影響を与えてくれるかどうかは、ちょっと怪しい。参加者や先生とお喋りができて、楽しかったけれども。
 基本的には自分でなんとかせねばならんのだ、と、思い知らされました。厳しいいい。
 
 

第9回公判(判決日)

 12月19日。
 通い続けた公判の、判決日です。
 傍聴券を得るための列に並ばねばなりません。列は屋外に作られます。寒空の下、長時間に亘り並ぶのは、風邪気味の私には堪(こた)えます。
 並ぶ時間が少なく済むように、抽選時間のギリギリに出掛けました。
 いつもは地裁を訪ねる前に、太融寺に寄っていました。阪急梅田駅から地裁へ向かう途中にある、大きなお寺です。大師堂で般若心経を読んで、気合いの入ったところで抽選に挑む訳です。
 が、今回は、ギリギリに出掛けたため、お寺に寄る時間がありません。地裁に直進します。
 抽選場所に駆け足で到着すると、人集(ひとだか)りができていました。優に500人は超えていそうです。(あとで報道を確認すると、559人でした)
 傍聴席は、48席。競争率11倍です。
 まあ、当たらんやろうなぁ、と。
 気負わずに抽選結果を待った結果――なぜか、当たり。
 素直に喜ぶべきなのでしょうか。当選が、善いことなのか、悪いことなのか、わかりません。判決を聞けば、きっと気分が重くなる訳で。自宅での仕事も山積みなのに、傍聴のためには、待機時間も含めて何時間も拘束されます。今日は太融寺のお参りもできていないので、当選は逆に不運な結果である気もします。
 いつも傍聴に来ていたJKの姿を捜しました。彼女こそ、判決を見届けるべき人です。姿を見つけられたら、傍聴券を譲ってもいいな、と思ったのです。
 が、見当たりませんでした。
 ここは腹を括って、判決を聞くしかありません。
 15時開始予定の裁判は、5分遅れで始まりました。
 主文が後回しにされた時点で、極刑が下されると察せられました。
 判決理由が、約1時間半に亘り読み上げられます。
 要所要所で記者たちがバタバタと出入りするので、騒がしいです。
 被告人が中央の席に座らされ、主文が読み上げられます。
 判決は、やはり、極刑。
 被告人は、取り乱すでもなく、外から見た限りは落ち着いた様子で判決を聞いていました。
 裁判が終わり、被告が法廷を出るまで見守りました。
 おそらく控訴するでしょうが、私は高裁・最高裁まで追うつもりはありません。被告人の姿を見るのは、これで最後でしょう。
 トボトボと歩きながら、地裁を後にしました。判決まで見届けられた報告とお礼で太融寺にお参りしました。 
 

今日は後ろ向き……

 ちょっとお久しぶりです。
 ここ数日、体調を崩しています。仕事を半分にして、なるべく身体を休めるようにしています。ただの風邪なので、心配しないでね。

 この夏に、いろいろなストレスがあり、肩と背中に湿疹ができました。いまだに皮膚科に通っています。露出の少ない冬だから、まだ良かったです。

 彼氏とは、月1回のペースで会っています。
 赤裸々な話で恐縮ですが、肌が酷い状態なので、脱げません。夏からずっと、我慢してもらっています。
 彼氏は「ご飯だけでいいよ」と言ってくれますが、彼女の務めを果たせていない状況が申し訳ないです。早く治さなきゃ、と気持ちだけが逸り、余計にストレスが掛かります。治るまで会いたくない気持ちです。

 おそらく、執筆もストレスになっていると思います。楽しむために書いているはずなのに、本末転倒です。

 今日も、夕方から寝ていました。母から電話がかかってくる悪夢で目が覚める有り様。