小中千昭『恐怖の作法 ――ホラー映画の技術――』

 暑くて溶けそうだよね。

 ホラーが書けるスキルがほしくて研究中。

 映画にしても小説にしても、私は心霊モノって怖くないんだよね。
 ホラー映画で急に音が上がったりすると、音にびっくりすることはあるけど。内容とか幽霊のヴィジュアルとかには、あんまり恐怖を感じない。恐怖を感じる脳の機能の一部が壊れているのかも。

 であれば、ホラーを書く素質そのものがないかもしれない。
 何を書いても自分自身が怖くないんだから。どうやったら作品が怖くなるかなんて、わかるはずがない。

 そう考えると、耳が聞こえないのに作曲ができたベートーヴェンは只者ではないね。

 とはいえ、恐怖がわからない分、冷静かつ分析的にホラーを執筆できるのではないか、と一抹の希望を抱いてはいる。

「恐怖とは何ぞや」と探究する私に、Twitterで知り合った方が紹介してくださった本が『恐怖の作法』。

 ホラー映画の脚本を数多く手掛けてきた筆者が、「本当に怖い」映像作品の制作について纏めた本。

 小説を執筆するヒントに、と読み始めたが、映画的な恐怖の見せ方についての言及は、雑学としても興味深い。

 さて、肝心の恐怖についての話だが、筆者の考えが端的に表れる文章を引用する。

P.100
 よく、サイコ・ホラー物を評する時に、「一番怖いのは人間の心だ」などとしたり顔で書かれているのを目にするが、私は問いたい。「あなたは、本当に怖いものに遇った事があるのか」と。暴力的なまでに不条理な存在と対峙した事があるのかと。

 ここが筆者と私の袂を分ける意見の相違点である。

 私は幽霊の存在を信じていない。
〈人間が一番怖いと考える派〉だ。

 仮に幽霊が存在するとしよう。
 存在したとしても、幽霊よりも人間のほうがよっぽど怖い。

 肉体を持っている分、生身の人間のほうが強い。物理攻撃ができる。
 幽霊が肉体を失った元人間であるならば、生きた人間は幽体 + 肉体の両方を兼ね揃える。

 やっぱりちょっと説得されないというか、筆者は「幽霊が怖い」ことに自信を持っているから、幽霊の登場する映画の脚本が書ける気がする。なので、筆者の主張を迎合できない私には、この本に書かれている手法では創作は難しいかもしれない。読み物としては面白いけれども。

 共感した点を引用しておく。

P327
リアルな恐怖とは。自分自身がもしこういう目に遭っていたらどういうリアクションをとるのか。

 読者(または観客)が、登場人物に感情移入できなくても構わないようだ。性格や価値観を読者が受け容れられなくてもOK。ただ、行動の根拠にリアリティがなければならない。だから、ちょっとしたディテイル(仕種、相槌、リアクション)も盛り込むべきだ、と。

 この理屈は納得できる。ホラーは臨場感が命。

 面白い読書体験ができた。
 ホラーを書くスキルの開拓には、いまだに迷子中ではあるが。

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